興禅寺(春日町)
~春日局(かすがのつぼね)生誕の地~
戦国時代の山城黒井城の下館、明智光秀の丹波制圧後に家臣の斎藤利三が居住した館の跡に創建された。現在も楼門前には水を湛えた七間堀と高い野面積みの石垣と白ねり塀が聳えるという城砦然とした戦国時代の構えをとどめており、山上の黒井城とともに「黒井城跡」として国の史跡に指定されている。(Wikipedia参照)
徳川家三代目将軍の「徳川家光」の乳母として有名な春日局(かすがのつぼね)は、天正7年(1579年)に、この興禅寺で「お福」という名で産まれ、3歳ほどまでの幼少期を過ごしたといわれています。明智光秀の家臣であった家系の為、その後本能寺の変によって、お福を取り巻く環境は大きく変わり、この地を離れることとなったとのこと。
境内には「お福の腰掛岩」や「お福の産湯の井戸」などが今も残っています。